例年であれば春の息吹を感じる桜の開花も、コロナウィルスが猛威を振るう、長い春の様な暖冬明けの今年は、その歓迎を受けずに粛々と花を咲かせている様であった。
思い返せば、2019年10月に関東甲信越を中心に甚大な被害をもたらした「令和元年東日本台風」と名付けられた台風19号。
恐らく令和元年前半に飛ばし過ぎたお天道様は、冬に雪を降らせる余力が残っていなかったのかもしれない。
そしてあれは、例年以上の降水量を記録した7月の梅雨の出来事であった。
僕は何故か気温10度の中、水量が増え威力の増した「唐沢の滝」に身を清めようとしていた。
僕の大学時代の友人が結婚式を挙げたのは、令和元年の梅雨の時期だった。
しかし残念ながら、長野で仕事が入っていた僕は、その友人の婚礼を見届ける事ができずにいた。
そんな時、
僕のiPhoneに1通のLINEが届いたのであった。
それは、共通の後輩であるGちゃんからだった。
OK、余裕!(汗)
僕は、唐突に〆切を突きつけられ、日中の仕事の合間、良いアイディアがないか頭の中を掻き回した。
しかし夜8時、何も思い付かないまま、仕事から宿泊先に戻って来てしまった。
やっべ〜〜、どうしよう?
今思えば、普通に「〇〇!結婚おめでとう!」と短いムービーを撮れば済む話であった。
がしかし、なぜか「面白いムービーを要求されている」と変換ミスをしていた僕には、その単純な内容はアウトオブ眼中であった。
そして、重たい腰を下した僕は、ふと床を見渡した。
そこには春に始めた練習中のギターがポツリと置いてあった。
そう、あのカモられたギターだ。
そうだ‼︎
僕は中島みゆきの不屈の名曲「糸」の弾き語りをワンフレーズだけ歌う事に決めた。
因みに、歌は下手である。
歌詞は少しだけアレンジを加えてみた。
ノドのチューニングを済ませた僕は、渾身の替え歌を撮影した。
完全にスベっていた…
何かが足りない…
しかし、〆切まで時間がない
意を決した僕は、最後の切り札を切る事にした。
脱いだ。
普段は、風呂場と海と、飲み会で無茶振りされた時以外は決して人前、ましてやカメラの前で脱ぐ事はなかった。
そしてTAKE2を撮影した。
よし!…できた。
僕は、なんとか〆切までに動画を提出する事ができた。
そして翌日の昼休み…
何か不完全燃焼を感じていた僕は、無意識に近くにある滝に向かっていた。
そう、
Gちゃんが編集中であろう動画に滑り込ませる、動画を撮影する為に…
その日は梅雨の雨上がりの、どんよりと曇った気温の低い日であった。
試しに滝から流れてきた少し濁った川の水に手を入れてみた僕は、あまりの水の冷たさに、顔から血の気が引くのを感じた。
手の平すら、5秒とつけていられない程の水温であったのだ。
しかし、既に来てしまった僕の脚は、一直線に滝に向かっていた。
もう後戻りはできない…
滝の目の前にたどり着いた僕は、梅雨の影響で水量が増し、水面を激しく叩きつける滝の勢いに恐れおののいた…
やるしかない…
その時なぜか、今では決して理解する事のできない、謎の使命感に駆られていたのであった。
滝のしぶきが掛からない様に、川辺にビデオカメラをセットした僕は、再びシャツを脱ぎ、滝の中に向かったのであった。
首がもげそうになり5秒と持たなかった…
しかし、「誰かの為に何かをする」この心に動かされた僕は、不思議と達成感と幸福感に包まれていたのであった。
「もしかしたら、行動を起こす万事において大切な心持ちなのかもしれない」
そんな思いが、煩悩を捨て切れなかった僕の脳裏をかすめた。
後日、Gちゃんの手によって巧みに編集された結婚祝福メービーが送られてきた。
今思えば当たり前だが、友人達の模範的に祝辞を述べたショートムービーの前後に、
何故か服を来ていない男の動画が2本差し込まれていた。
嘘だと思われるかもしれないが弁解しておくと、決して目立ちたかった訳ではなく、いつも通り思考が指し示す羅針盤に従って行動しただけの事であった。
コロナウィルスの猛威で今までの日常が大きく崩れ始めた騒々しい春、
なぜか頭の中の思考の歯車が、息を吹き返したかの様に再び動き出した。
いつも通りのパターンで行動していては大した成功や失敗はない。
もしかしたら、ルーティーン化し始めている自分自身の行動に警笛を鳴らしているのかもしれない。
おしまい
去年の6月を最後に1度も、書いていませんでしたが、やっぱりこういう文章を書いている時はとても楽しい、不思議と頭の中に文章が浮かんでくるのです。