解剖学の知識

現在から、戦後の時代を観察したら、何もかもが古く『今じゃ考えられない生活だな~』と、誰もが思うはずです。
同じ様に、数十年後の未来から現在を観察すると、何もかもが古くなり、きっと『あの頃は、あれが当たり前だったよな~』なんてコトで、溢れているはずです。
 
よく言われる事ですが、その時代の常識は、決して未来の常識とは限らないのです。
むしろ、想像し難いかもしれませんが、多くの物事が古い常識と化します。
 
僕が携わる体の仕事には、解剖学や運動学といった科学の知識が、少なからず必要になります。
しかし、時々同業者と話をしていると『う~、この人時代が止まってる(;_;)』と、偉そうに言って申し訳ないのですが、話が噛み合わず歯痒さを感じる事があります。
簡単に情報が行き来する現代では、ちょっと油断すると、スグに周回遅れになってしまうのです。
 

 

情報が刷新するスピード

研究が進み情報が刷新される事は、どんなジャンルでも同じだと思いますが、日進月歩の科学では『え、あれ嘘だったの!?』みたいな "パラダイムシフト" が頻繁に発生します。
 
科学の情報の入れ替わりは早く、恐ろしい事に約9か月が経つと、情報量が2倍にも増えるとも言われています(^_^;)
これは、ある指導者が5年間全く新しい情報を仕入れなかったとすると、5年後には15%の知識しか通用しなくなり、残りの85%は『何それ?古っ笑』みたいな状態になる、という計算になります。

 
僕の肌感覚ですが、解剖学や運動学でも『あながち嘘じゃないかもな~』と感じます。
もちろん変わらない基礎もありますが、実際に現在の僕の指導内容の基盤となる知識は、5年前のモノとほとんど違うモノと化しています。
これは、色々の勉強や経験を積んだ上で『これがベストだ!』と、その時点で判断し、採用したモノでアップデートし続けた結果だと思います。
 
もちろん『資格を取って、お金を稼ぐ』という事だけを考えたら、資格を取得した時点での知識だけでも、なんとかなってしまうかもしれません。
しかし『もっと良い成果を出したい』『まだ、もっと良い方法があるはずだ』と考えた時には、新しい知識や経験が絶対的に必要になるのです。
 

解剖学や運動学は未完

人間の体は誰が作ったのか、本当に巧妙に作られ "未だに解明されていない事" も多く存在します。
 
でも、なぜこれだけ科学が進歩した現代でもわからない事が多いのか?
 
それは『人間の体を解剖して、研究する事が難しい』という事が、大きな理由にあると思います。
言うまでもありませんが、宗教や倫理問題が絡み、特に日本では、研究目的でのご遺体の解剖は困難です。
 
解剖学や運動学を散々勉強して来たつもりの僕も、まだ実際に解剖を行なった事がありません。
唯一、以前日本で開催されていた、150体以上ものご遺体が展示された『人体の不思議展』で、体の中を観察した経験はあります。
 
僕が現在仕入れている、解剖学と運動学の情報を提供してくださる先生は、実際に毎年人体解剖を行い研究をされています。
そして、その最先端の情報は、今まで学んできた教科書の内容とは異なる内容も多く、話を伺う度に『解剖学や運動学は、まだまだ未完の分野だな~』と、痛感します
 
例えば、
教科書的には大殿筋は、脚を外に動かす時に働きますが、実際は姿勢によっては脚を内側に動かす時に働きます。
教科書的には脊柱起立筋は、体を反らす時に働きますが、実際は立位では上体を曲げる時に働きます。
 
こんな話を聞いて、興奮するのは僕だけでしょうか?...すみません笑
 
という訳で、最新の情報を駆使する事で、まだまだあなたの体は進化できるはずなのです。
もし『歳だから..』『これ以上良くならない..』と諦めている人は、それは過去の常識の中での思い込みなのかもしれません。

 

 

今日の一言
知識は現場で活かすも殺すもその人次第ですが、その分野の専門家である限り、必要最低限なくてはならないモノだと思っています。
その根底には『知識があるから偉い』ではなく『もっと人の役に立ちたい』という思いがあります。
偽善者の様に聞こえるかもしれませんが、最近不思議とその思いがより強いモノになっているのを感じるのです。

この記事が気に入ったら
フォローお願いします

最新情報をお届けします

Twitterもやっています

おすすめの記事